国内で「ヴィーガン」という言葉が普及されつつある理由とは

ヴィーガン男子のYumaです。今回は近年、世界各国で急増の傾向にあるベジタリアンやヴィーガンといったライフスタイルについて、日本の現状や今後の展望を考えてみます。

オリンピックでの消費成熟はしなかったが、国民に「ヴィーガン」という言葉が普及されつつある理由

ここ数年で大手飲食チェーン店や一般的なスーパーでもヴィーガン対応の商品を目にする機会が急増したと感じる方は多いのではないでしょうか。下調べなしでは楽しめなかった外食も、最近はふらっと立ち寄ったお店にも何かしらヴィーガン対応のメニューがあるという事が増えたと感じます。

こうした動きの背景には外国人観光客の増加が大きく関わっていると思います。東京オリンピック開催が決定した2013年以降、日本へやってくる外国人観光客数は急増。今後大阪万博の開催も控えている日本は、オリンピック消費やその後も続くインバウンド消費に向けた対策を行うことが急務でした。

しかし、コロナウィルスの問題で東京五輪は海外観客の受け入れも見送られることとなり、当初の推定需要を大きく下回ったことは言うまでもありません。

同時に、我々の生活は一変し、ステイホームを叫ばれるようになりました。

こうした流れの中で、運動不足による怪我、生活習慣の悪化による健康被害、慣れない生活が続きうつ病を発症する若年層など、これまで話題の先頭に立たなかった問題が槍玉に挙げられるようになりました。

特に食生活については、精製された糖質の摂り過ぎや添加物の摂り過ぎ、さらには赤身肉に含まれる発がん性までもが囁かれるようになり、クリーンな食事の重要性について個人の意識が集中した機会だったと考えられます。

その結果、政府や各民間企業が何年も前から準備してきた訪日外国人に向けたサービスの一部(ヴィーガンや宗教上の理由で食事に制約がある方でも安心して楽しめる商品の開発)が、健康意識の高まった国内の一般消費者の需要の一部と合致する形となって普及が進んだのではないかと予測しています。

ヴィーガンの国内認知度や普及率を確かなものにする為に大切なこと

運動と食事への関心が高まり、ヴィーガンという選択も少なからず脚光を浴びましたがそれはあくまで相対的に普及率が増加したに過ぎないとの見方もあります。

フィットネス需要が高まったことでタンパク質の摂取を心がける人も増えましたがコンビニやスーパーで手軽に買えるようになったプロテインドリンクやプロテインバーはほとんどがヴィーガン非対応です。日常の生活の中でどこにいっても気軽にヴィーガン製品を手に取れるのはまだまだです。

しかし、タンパク質をメインに打ち出した製品やサービスなどの全体的な需要が伸びたことで相対的にヴィーガン関連の消費が増えたと言われれば確かにそうなのかもしれません。

ではあと一歩、ヴィーガンの国内認知度や普及率を確かなものにする為には何が必要でしょうか。

僕はまず、日本の宗教観について改めて考えるところから始めるべきだと考えています。
例えば日本では食事の前には手を合わせて「いただきます」と声を発するのは不思議ではありませんが、これは世界的に見れば稀な現象です。そして、日本人のほとんどがこの行為を仏教的と捉えず、自分は無宗教だと考えているという点でさらに稀有です。

キリスト教にも「食前の祈り」という行為があります。食卓を囲み、決まったフレーズを唱えるという点では日本の「いただきます」と相違ありませんが、この場合の祈りの対象は主であり、その祈りの内容は主、キリストに対する畏敬や願いです。

対して日本の「いただきます」の対象は目の前の食材であり料理であり、その先にあるのは料理を作ってくれた方や食材を作ってくれた生産者への感謝です。

生産者からいくつもの業者通して食材が届き、それを料理してくれる人がいて最終的に自分の身体に入り血肉となっていく。この繋がりを意識すること、感謝することは八百万の神を信仰する仏教そのものであり、永劫回帰や輪廻といった繋がり、輪の考えと符合します。

ブッダは輪廻を否定したそうですが、それはつまり日本独自の仏教が浸透している証拠でもあり、さらに空や無を求める仏教にとって、自分が仏教を体現しているという感覚がないまま「いただきます」と言っているという事自体がまさに仏教的だと言えると思います。

国内でヴィーガンを普及させるためのアプローチ方法とは

ヴィーガンの国内普及について考えるとき、まず対象「日本人」について考えそこからどういったアプローチが良いのか検討していくのが建設的かもしれません。

西洋文化圏で受容された方法をそのまま国内に持ち込むのではなく食に対する捉え方や、他を犠牲にして食にありつくという事実をどのように消化しているのかといった具体的な前提をしっかりと考え、日本人の心に届く方法で普及を試みる事が必要なのではないでしょうか。

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